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▼施設概要 ▼イベント情報
▼展示室からの情報 ▼おもな展示資料
▼来園のご案内

施設概要

江戸東京たてもの園は、1993年(平成5)3月28日に開園した野外博物館です。都立小金井公園の中に位置し、敷地面積は約7ヘクタール、園内には江戸時代から昭和初期までの30棟の復元建造物が建ち並んでいます。当園では、現地保存が不可能な文化的価値の高い歴史的建造物を移築し、復元・保存・展示するとともに、貴重な文化遺産として次代に継承することを目指しています。

(写真は高橋是清邸二階)


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紅葉と三井八郎右衞門邸
 
紅葉とたてものの
ライトアップ

11月22日(土)~11月24日(月・祝)

くわしくは「企画紹介ページ」

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展示室からの情報

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 @Studio Ghibli
ジブリの
立体建造物展


7月10日(木)~12月14日(日)
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本展では、最新作「思い出のマーニー」の湿っ地屋敷をはじめ、歴代のスタジオジブリ作品に登場した建造物をテーマに、背景画、美術ボードなどを多数展示します。また、今回のために制作した「千と千尋の神隠し」の油屋や「崖の上のポニョ」の宗介とポニョの家などの模型も見どころです。人と建物の距離が離れつつある今、本展に展示される作品を入口に、人と密接な関係を持つ、建物の魅力が『伝われば幸いです。

※江戸東京たてもの園入場券にてご覧いただけます

【一般】400円 【65歳以上の方】200円

【大学生(専修・各種含む)】320円
【高校生・中学生(都外)】200円
※中学生(都内在学または在住)・小学生以下は無料


展覧会図録販売開始!
7月26日(土)より、ミュージアムショップにて展覧会図録の販売を開始いたしました!

スタジオジブリ作品に登場する建造物に着目した本展で展示されている作品を中心として、『風の谷のナウシカ』から最新作『思い出のマーニー』まで、19作品の背景画、美術ボード、美術設定、場面スチールなど、約380点の図版を掲載。また、本展の監修をつとめた建築史家・建築家の藤森照信氏による、専門家の目でジブリ作品に登場する建造物を分析した解説をはじめ、宮崎駿監督との対談や、本展のコンセプト・デザイナーであり、『思い出のマーニー』の美術監督でもある種田陽平氏のインタビュー、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーによるエッセイなどを収録しています。

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価格:2,160円(税込)
全192ページ


※江戸東京博物館で開催される「思い出のマーニー×種田陽平展」特設ショップでもご購入いただけます。
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同時開催

江戸東京博物館特別展
「思い出のマーニー×種田陽平展」
7/27(日)~9/15(月・祝)


7/19(土)公開のスタジオジブリ最新作「思い出のマーニー」(米林宏昌監督)の世界を、同作で美術監督を務める種田陽平が表現する体感型展覧会を東京・両国の江戸東京博物館で開催します。

詳しくはコチラ
http://www.marnietaneda.jp/

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◆3館セット券販売中!

江戸東京博物館特別展「思い出のマーニー×種田陽平展」観覧券、「ジブリの立体建造物展」が見られる江戸東京たてもの園入場券、三鷹の森ジブリ美術館入場券がセットになったチケットをローソンチケットで枚数限定販売しています。

チケット価格

大人・大学生 2,360円
(税込)※専門学校生含む
 

・9/1(月)~9/15(月・祝)分
・8/11(月)10時より販売

※セット券は「大人・大学生」のみの設定となります(専門学校生含む)
※セット券購入時は「三鷹の森ジブリ美術館」入場希望日を選択の上、「10:00」、「14:00」のいずれかの回を選択し、その後、セット券の券種をお選び下さい。
※セット券の「三鷹の森ジブリ美術館 入場引換券」は「10:00」の回をご選択の場合、「10:00~12:30」までの入場受付、「14:00」の回をご選択の場合、「14:00~16:30」までの入場受付となります。(美術館の閉館時間は18:00)但し、ご指定の日時以外のご利用はできません。並びにチケット(入場引換券)はご使用されなくとも日時及び券種の変更、払戻は一切できません
※江戸東京博物館で開催の「思い出のマーニー×種田陽平展」、江戸東京たてもの園で開催の「ジブリの立体建造物展」は会期中(休館・休園日を除く)いつでも入場可能なチケットになります。
※セット券の販売は、7/27(日)~9/15(月・祝)のみが対象となります。
◆65歳以上の方は、当日料金のほうが江戸東京博物館、江戸東京たてもの園に安くご入場できます。

【購入方法】

◆電話予約
発売日翌日以降:0570-084-003
(24時間対応)
オペレーター対応:0570-000-777
(10:00~20:00)

◆インターネット予約
http://l-tike.com

◆店頭での直接購入
全国ローソン設置のLoppiにてコードを入力しお買い求め下さい。※ミニストップでのお取り扱いはございません。予約済みチケットのお引き換えもできません。

Lコード
(9/1~15分)  30009

【お詫びと訂正】「au loves ジブリ」キャンペーン冊子
「au loves ジブリ」キャンペーン冊子(初版分)におきまして、一部記載に誤りがありました。正しくは以下の通りです。

○江戸東京博物館「思い出のマーニー×種田陽平展」観覧料
(誤)一般1300円/大学生1040円/小学生・中学生・高校生・65歳以上640円/中学生640円
(正)一般1,300円/大学生・専門学校生1040円/小学生・中学生・高校生・65歳以上650円

○江戸東京たてもの園「ジブリの立体建造物展」観覧料
(誤)一般1,500円/大学生・専門学生1160円/小学生・中学生・高校生・65歳以上450円
(正)一般400円/大学生・専門学校生320円/中学生(都外)・高校生・65歳以上200円/小学生・中学生(都内)無料

キャンペーン冊子を手にとられた皆さま、ならびに関係各位にご迷惑をお掛けしましたことをお詫びするとともに、ここに訂正させていただきます。
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高橋是清邸内展示
「日本銀行・横浜
正金銀行時代」


9月2日(火)~12月21日(日)

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江戸東京たてもの園のセンターゾーンには高橋是清邸の主屋と玄関が移築復元されています。高橋是清は1899年(明治32)、赤坂表町(現在の港区赤坂)の武家屋敷跡の土地を購入し、古い建物に住みながら、総栂普請の家を建築し、1902年(明治35)に竣工しました。2階は是清の書斎や寝室として使われ、1936年(昭和11)の二・二六事件の現場となりました。是清の死後、遺族らによって土地と建物は東京市に寄贈され、邸宅跡地は記念公園に、邸宅の主屋と玄関は多磨霊園に移築されて、休憩所「仁翁閣」として使われました。1945年(昭和20)、東京大空襲により、邸宅跡地は被災しましたが、多磨霊園にあった仁翁閣は焼失を免れ、明治時代の建築を今に伝えています。1階の展示コーナーでは、是清の生涯を、年代ごとに区切ってご紹介しています。今回は、幼少期から、35歳で農商務省における特許局長のキャリアを捨てて、ペルー銀山の開発に人生を懸ける頃までを、江戸東京博物館所蔵の関連資料等により、ご紹介いたします。
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第1章

日本銀行との出会い

ペルー銀山開発に失敗し、失職中だった高橋是清は、日本銀行総裁川田小一郎の斡旋により、1892年(明治25)6月、建設中の日本銀行本館の建設所事務主任の職を得ました。38歳からの再出発です。
本章では、日本銀行本館の錦絵や絵葉書を展示します。建築の壁部分をよく見ると、1階と2・3階では材質や仕上げが違うことがわかります。建築途中に是清がある騒動に遭遇し、彼の機転により、騒動を収めた結果、このような仕上げになったのです。詳しくは、展示室の解説をご覧ください。

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絵葉書 日本銀行本館
江戸東京博物館 所蔵
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上記資料の右下部分を拡大してみると1階(人力車夫の背の高さ)とその上の違いがよくわかります。
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第2章

日清戦争~在外支店視察の旅

日本銀行本館建設工事に関して難問を解決し、さらにコストや労務の管理を効率化した業績が認められた是清は、1年後(1893年)の9月、日本銀行に入行して支配役となり、新規に開設する西部支店長として、馬関(現在の下関)に赴任しました。
是清は、1894年(明治27)に始まった日清戦争の軍事公債の募集で好成績を上げ、1885年8月には、横浜正金銀行本店の支配人に就任、さらに1897年には同行の副頭取となるスピード出世を遂げました。
是清は、同行在外支店の視察のほか、今後起こりうる対外戦争に備え、外債募集の可能性を欧米の金融界に探る密命を受け、1898年(明治31)、葉山から出発して神戸、下関を経て長崎の支店候補地を視察した後、半年にわたる海外視察を行いました。
本章では、馬関時代の是清の日記帳(軍事公債の記載あり)や海外視察の最後に訪れた米国ナイヤガラの滝観光の写真、日清戦争の年表や軍事費の収支に関するパネルなどを展示しています。
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記念写真 ナイアガラにて
1898年(明治31)8月11日
左から是清、一人おいて横浜正金銀行
ニューヨーク出張所長長崎夫妻
江戸東京博物館 所蔵
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第3章

日露戦争と外債募集の旅

1899年(明治32)3月、高橋是清は日本銀行副総裁に就任し、銀行家や企業への融資の客観的基準の策定、用度の整理など、内部の改革を進めました。また、この年、是清は赤坂表町(現在の港区赤坂7丁目)の宅地を購入し、本所押上から一家で移住しました。現在公開している邸宅は3年後の1902年(明治35)に竣工しました。
1904年(明治37)、日露戦争が起こり、高橋是清は、禅師財政顧問井上馨から、財務官として当時の金融の中心地ロンドンへ赴き、時機を見て外債募集をするよう命じられ、2月24日、秘書の深井英五を伴って横浜港を出発しました。ニューヨークで米国の金融事情を調査後、ロンドンに渡り、さまざまな交渉の末、5月と11月に各1000万ポンドの公債の取引を成し遂げました。是清は翌年1月に帰国し、この功により、貴族院議員となりましたが、さらなる公債募集の命を受け、2月、再び深井とロンドンに向かいました。3月、7月に各3000万ポンド、11月には2,500万ポンドの公債が取引されました。11月の公債募集時には、パリ・ロスチャイルドを中心に、長年ロシアへの財政支援を行ってきたはずのフランスまでもが人気の高い日本の公債を求めました。
本章では、日露戦争の年表と戦費調達に関するパネルや欧米諸国が日露戦争に高い関心を寄せて見守っている様子を風刺した刷物などを展示します。

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モリス・ロスチャイルドと歓談する高橋是清
(1934年・昭和9)
江戸東京博物館 所蔵
この写真は是清の晩年、訪日中であったモリス・ロスチャイルドが大蔵大臣官邸を訪ねた時のもので、是清が外債募集に奔走した時代以来、ロスチャイルド家と是清の長い親交がうかがえます 
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第4章

日本銀行総裁就任と贈りもの

1911年(明治44)6月、横浜正金銀行頭取を辞し、日本銀行総裁に就任しました。翌7月、明治政府の悲願であった条約改正により関税自主権が確立し、これを機に、8月、第二次桂内閣は総辞職し、第二次西園寺内閣が成立しました。
国内では10月、伊藤博文暗殺、翌年7月、明治天皇崩御、国外では10月、辛亥革命、翌年1月中華民国成立、2月、清朝滅亡など、激動の時代を経て、1913年(大正2)2月、山本権兵衛内閣成立に伴い、高橋是清は大蔵大臣に任命されたため、日本銀行総裁としての在任期間はわずか1年9か月でした。
本章では、日本銀行総裁就任を記念して、横浜正金銀行員一同より贈呈された高橋是清木像、贈呈書を展示します。木像は、高村光雲の弟子、米原雲海の作で、1911年5月、同行有志が制作を依頼し、1914年(大正3)5月に完成、目録とともに、同行員一同より是清に贈呈されました。贈呈書は太巻きの巻子で、巻頭に木像贈呈の経緯が漢文で記され、その後、同行次期頭取を筆頭に、役員、本店、国内外支店及び出張所の行員500名余りの署名が続き、圧巻です。会期中、少しずつ巻き替えながら公開する予定です。

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高橋是清木像 1914年(大正3)
米原雲海 作、横浜正金銀行員一同 贈呈
            江戸東京博物館 所蔵

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高橋是清木像贈呈記 1911年(明治44)
横浜正金銀行員一同 署名

江戸東京博物館 所蔵
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来園のご案内


<9月の休園日>
9月1日(月)、8日(月)、16日(火)、22日(月)、29日(月)

<10月の休園日>
10月6日(月)、14日(火)、20日(月)、27日(月)

<11月の休園日>
11月4日(火)、10日(月)、17日(月)、25日
(火)


<休園日>

毎週月曜日、月曜日が祝休日の場合はその翌日

<入園料>

一般400円(320円)、大学生320円(250円)、65歳以上の方200円(160円)、
中学生(都外)・高校生200円(160円)、小学生以下および都内在住・在学の中学生は無料
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(C)EDO-TOKYO OPEN AIR ARCHITECTUAL MUSEUM